平成19-21年度 文部科学省科学研究費補助金 若手研究(B)
高シュミット数界面乱流物質輸送の多重スケール数値シミュレーション
研究代表者:長谷川 洋介

研究背景

 自由界面や固体界面を介した熱・物質伝達現象は,我々の身の回りの環境や機械システムの内部において,頻繁に見られる現象である.例えば,近年,社会問題となっている地球温暖化において,人類が排出する主要な温室効果ガスは二酸化炭素であり,その半分は海洋,及び陸地に吸収され,残りの半分が大気に残留する.従って,将来の地球環境を予測するためには,大気-海洋間ガス交換量の正確な見積もりが不可欠となる.また,化石燃料の枯渇に伴い,反応撹拌器,ガス吸収器,蒸発器などの様々な熱流体機器の高効率化に対する要求が高まっており,界面熱・物質輸送現象の更なる理解とその制御技術に期待が集まっている.

 一般に,液中における溶質ガスの拡散係数Dは,10-9[m2/s]のオーダーであり,溶媒の動粘性係数&nuとの比であるシュミット数Sc = &nu / Dは,大きな値を取る(Sc ~ O(103)).すなわち,界面近傍に極めて薄い濃度境界層(&delta 〜 10 - 100 &mu m)が形成され,その内部のミクロな輸送現象が全体のガス交換を支配する.しかし,界面近傍における速度場・濃度場の同時計測は今なお困難であり,輸送機構の詳細に関しては十分な理解が得られていない.一方,数値シミュレーションでは,計算領域全域における速度場-濃度場の瞬時データが得られるため,より詳細な解析が期待できる.しかし,現実の熱流動場は,一般に高レイノルズ数,高シュミット数を有しており,それらを計算機上で再現することは,膨大な計算機資源を要するため,非現実的である.従って,着目するスケールには計算機資源を集中させる一方で,モデルの妥当性が検証されている現象については,積極的にモデルを取り入れることにより,計算の効率化,精緻化を行うことが望まれる.


研究目的

 上記の背景を鑑み,本研究では,高シュミット数界面乱流物質輸送の新しい計算手法として,界面遠方では粗い格子を用いてLarge Eddy Simulation (LES) を適用する一方,界面近傍では,細かい格子による直接数値計算 (Direct Numerical Simulation: DNS)を適用するHybrid DNS/LES法を提案する.これにより,界面遠方のマクロな乱流構造と界面近傍のミクロな輸送機構との相互作用を考慮しつつ,計算負荷を大幅に軽減することが可能となる.更に,上記の計算手法を様々な力学的条件を持つ界面に適用することによって,界面近傍におけるミクロな輸送機構の解明を行う.具体的には,清浄な気液界面から,界面活性物質の吸着した界面(汚れ界面),固体壁面までを研究対象とする.

 また,上記の知識を基盤として,レイノルズ数を変化させた際に,界面近傍の輸送機構がどのように変化するかについても調査する.特に,高レイノルズ数において現れる大規模構造が,界面近傍のミクロな輸送機構に及ぼす影響に着目し,物理現象に基づく界面物質輸送モデルの構築を目指す.


主要な結果

2007年度

 界面の力学的条件として,2つの極限である固体壁面と自由界面に注目し,それぞれについてHybrid DNS/LES法を適用して,高シュミット数物質輸送の数値シミュレーションを行った.系統的に格子解像度を変化させることで,数値計算の妥当性を検証するとともに,界面の力学的条件が物質輸送機構に及ぼす影響について,考察を行った.その結果,界面鉛直方向速度vの界面漸近挙動の変化によって,固体壁面と自由界面では,物質輸送機構が本質的に異なることが明らかとなった.具体的には,vが壁からの距離の二乗で変化する固体壁面では,シュミット数の増加に伴い,壁面近傍の輸送機構はより低い周波数成分に支配される一方,vが界面からの距離に比例する自由界面では,濃度変動の周波数スペクトルに及ぼすシュミット数効果が小さいことが分かった.上記の傾向は,界面鉛直方向の1次元移流拡散方程式によって説明できることが分かった.
(参考文献:Hasegawa & Kasagi, IJHFF 2007)

 また,自由界面と固体壁面の中間に位置する,汚れ界面における物質輸送の数値シミュレーションを行った.界面汚れの度合いを表すマランゴニ数を系統的に変化させることで,界面汚れの効果を模擬した.その結果,界面汚れの増加に伴って,物質輸送係数は清浄界面の値から急速に減少し,最終的に固体壁面の値に収束する挙動が再現された.また,十分に汚れた界面は,速度変動は大きいものの,界面更新運動が著しく減衰するため,物質輸送の観点からは,固体壁面と等価であることが示され,その際の物質輸送係数Kのシュミット数依存性も,KSc-0.5からKSc-0.7へと遷移することが確認された.上記の結果は,僅かな界面汚れにより物質輸送係数が大きく減少することを示しており,現実のガス交換予測においても,その効果を適切に考慮する必要性を示唆している.
(参考文献:Hasegawa & Kasagi, Proc. TSFP5 2007, Hasegawa & Kasagi, IJHFF 2008)

2008年度

 前年度の結果に基づき,固体壁面近傍の濃度場の解析をより高シュミット数域(Sc = 400)まで拡張し,シュミット数の増加に伴って,濃度場の速度変動に対する応答性が鈍化する傾向を定量的に示した.また,壁面近傍の濃度場を1次元移流拡散方程式によりモデル化することによって,壁面垂直方向速度変動と濃度変動を関係付ける伝達関数を解析的に求め,数値計算結果と比較し,良好な一致を得た.この結果は,壁面鉛直方向の速度変動の統計量を用いることで,壁面近傍の濃度場の挙動が予測できる可能性を示唆している.
(参考文献:Hasegawa & Kasagi, Proc. ETMM7 2008)

 また,これまで対象とする流れ場が,低レイノルズ数域(Re_tau = 150)に限られていたため,レイノルズ数を系統的に上げることで(Re_tau = 300, 450),物質輸送機構に及ぼすレイノルズ数効果についても調査した.その結果,レイノルズ数を増加させた場合も,低レイノルズ数域と同様に低周波数成分が支配的であることが確認され,その結果,壁面近傍で運動量と物質輸送の非相似性がより顕著になることが分かった.
(参考文献: 長谷川,笠木,第22回数値流体力学シンポジウム 講演論文集)

 平滑な自由界面について,物質輸送を支配する速度場のパラメータを考察した.ハイブリッドDNS/LESによる高シュミット数濃度場の数値シミュレーションを行った結果,シュミット数に依らず,界面近傍の濃度場は,界面鉛直方向速度に敏感に応答することが分かった.この事実は,シュミット数の増加に従い,低周波数成分が支配的となる固体壁面の結果(Hasegawa & Kasagi, IJHFF 2007)とは対照的である.界面近傍をモデル化した1次元移流拡散方程式に基づき,界面発散を用いて局所の物質流束を予測するモデルを開発した.本モデルを界面せん断のある場合と無い場合の気液界面に適用し,いずれの界面においても,本モデルは定量的な予測を与えることが分かった.
(参考文献:Hasegawa & Kasagi, IJHMT 2008)

 界面変形を伴う開水路乱流場の直接数値シミュレーションを行い,界面変形が物質輸送に及ぼす影響について考察を行った.その際,界面物質輸送を支配するパラメータである界面発散(界面垂直方向速度)に着目した.一般に,界面発散は乱流と界面変形の寄与に分解できる.今回の計算により,波が十分発達した界面では,界面変形の寄与が乱流の寄与と同程度となることが確認された,また,乱流による寄与分についても,界面波の発生により増加する傾向が確認された.これらの結果は,界面波による物質輸送の促進を示唆している.
(参考文献:Hasegawa & Kasagi, Proc. ICTAM 2008, 長谷川, 笠木,日本流体力学シンポジウム2008)


主な成果

学術論文
  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Low-Pass Filtering Effects of Viscous Sublayer on High Schmidt Number Mass Transfer close to a Wall"
    International Journal of Heat and Fluid Flow, Vol. 30 (3), pp. 525-533 (2009).
    doi:10.1016/j.ijheatfluidflow.2009.02.011

  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Hybrid DNS/LES of High Schmidt Number Mass Transfer across Turbulent Air-Water Interface"
    International Journal of Heat and Mass Transfer, Vol. 52 (3-4), pp. 1012-1022 (2009).
    doi:10.1016/j.ijheatmasstransfer.2008.07.015

  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Systematic Analysis of High Schmidt Number Turbulent Mass Transfer across Clean, Contaminated and Solid Interfaces"
    International Journal of Heat and Fluid Flow, Vol. 29 (3), pp. 765-773 (2008).
    doi:10.1016/j.ijheatfluidflow.2008.03.002

  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Effect of Interfacial Velocity Boundary Condition on Turbulent Mass Transfer at High Schmidt Numbers"
    International Journal of Heat and Fluid Flow, Vol. 28 (6), pp. 1192-1203 (2007).
    doi:10.1016/j.ijheatfluidflow.2007.04.016

国際会議
  • Hasegawa, Y. & Kasagi
    "A Unified Model of Turbulent Mass Transfer under Different Interfacial Dynamical Conditions"
    6th Int. Symp. on Turbulence, Heat and Mass Transfer (THMT09), Rome, Italy, Sept. 14-18, CD-ROM 9 pp. (2009).

  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Effects of Interfacial Wave on Turbulent Mass Transfer in Open Channel Flow"
    22th Int. Congress of Theoretical and Applied Mechnics (ICTAM2008), Adelaide, Australia, Aug. 24-29, CD-ROM 2. pp., (2008).

  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Low-Pass Filetering Effects of Viscous Sublayer on High Schmidt Number Mass Transfer close to a Solid Wall"
    Proc. 7th Int. ERCOFTAC Symp. on Engineering Turbulence Modelling and Measurements (ETMM7), Limassol, Cyprus, Jun. 4-6, pp. 280-285 (2008).

  • Hasegawa, Y. & Kasagi, N.
    "Systematic Analysis of High Schmidt Number Turbulent Mass Transfer across Clean, Contaminated and Solid Interfaces"
    Proc. 5th Int. Symp. on Turbulence and Shear Flow Phenomena (TSFP5), Munich, Germany, Aug. 27-29, pp. 727-732 (2007).

国内会議
  • 長谷川 洋介,笠木 伸英
    「壁乱流高シュミット数物質輸送に対するレイノルズ数効果」
    第22回数値流体力学シンポジウム, 東京,2008年12月.

  • 長谷川 洋介,笠木 伸英
    「開水路乱流場における界面発散と局所スカラ−束の関係について」
    日本流体力学会 年会2008, 神戸,Paper No. 22031, 1 pp. 2008年9月.

  • 長谷川 洋介,笠木 伸英
    「壁面近傍における乱流濃度場に与える高シュミット数効果」
    第45回日本伝熱シンポジウム, つくば,pp. 281-282,2008年5月.

  • 長谷川 洋介,笠木 伸英
    「汚れを伴う気液乱流界面における界面発散の予測」
    日本機械学会 熱工学コンファレンス,京都,pp. 302-303,2007年11月.



文責: 長谷川 洋介
2009年3月31日更新